リカ場 ~私の脳脊髄液減少症のリカバリー~

原因不明の症状に潜む脳脊髄液減少症の早期発見と回復、症状理解による患者に優しい社会の実現のために、私ができること

オイコノミア・もしもあなたが“難病”になったら?

time 2017/06/08

昨夜 NHKEテレで、オイコノミア もしもあなたが難病になったら を見ました。

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難病とは交通事故のようなもの!?

番組で、「“難病になる”とは、交通事故に遭うようなもの」、と話していました。

そのたとえに、交通事故被害者の私は、「それは違うでしょう!」とつっこみを入れたくなりました。

たしかに、いきなり難病になるということは、いきなり災難がやってくるということで、そういう点では、交通事故に遭った被害者のようなものだと言いたかったのでしょう。

でも、実際の交通事故での脳脊髄液減少症患者の私から言わせれば、自分の体が自分で発症して難病になったのと、

他人の暴力や他人のもらい事故で、自分が脳脊髄液減少症という医師にも理解されにくいさまざまな症状を出す交通事故後遺症になったのとでは、症状に対する恨みつらみの感情が全く違うと私は思うのです。

こうなった現状の原因が他人にあるのと、ないのとでは、気分がぜんぜん違うはずです。

相手がいる方が何かと面倒で悲惨だと思います。

苦しみの質も、 加害者がいるといないとでは、その人の苦しみには大きな差が出てくるはずです。

加害者がいてそういう体になって補償もされない人と、加害者がいないで自分の体から病気になった人とが同じだとは、私はとうてい思えません。

加害者の損害保険会社にも髄液漏れという事故後遺症を認めてもらえず、精神的に苦しめられたリ、裁判になっても裁判官にも事故後遺症だと認めてもらえなかった脳脊髄液減少症患者がたくさんいたのです。

少なくとも、そうした二次的な精神的苦しみは、自分で発症した病の人にはないはずです。

交通事故や暴力の被害者としての脳脊髄液減少症患者と、自分で転んだりくしゃみをして発症して原因が自分にある脳脊髄液減少症患者の苦しみもまた違うけれど、
自分の体から不幸にも偶然に難病という災難が発生し、それに苦しめられる人とでは苦しみの質がぜんぜん違うと私は思うのですが、どうでしょうか?

加害者がいないならその分、他人に対するどうしようもない怒りがわかない分、精神的な苦しみは軽減されるのでは?と思うのですが。

難病になって、なかなか診断されないとか、医師を探すのに苦労したとか、インターネットで論文を調べて、その著者の先生のいる病院を調べて受診してみるとか、そうした苦労は、脳脊髄液減少症患者の私も経験しています。

今も、地元では信頼できる脳脊髄液減少症の専門医がいまだに見つかりません。

なんとか少しは相談に乗ってくれる医師は見つけるには見つけても、何かと誤解されていると感じることが多く、主治医のように心から信頼することは困難です。

脳脊髄液減少症は、とても軽視されていると感じます。

おそらく、症状のひどさを医師があまり理解していないからではないか?と想像したりしています。

もし、国が指定した難病のような病気だったら、もう少し地元の医師にも真剣に向き合ってもらえるのかな?と思ったりもしたことがあります。

いくら“難病”が交通事故での脳脊髄液減少症よりはるかに重い病、状態であったとしても、加害者がいない分、それだけでも救いだと思ってしまうのです。
加害者がいないと、損害保険会社に苦しめられない、裁判官に苦しめられない、と思うから。

医師に認知された病なら、医師に詐病扱いもされないでしょうし、症状のつらさも深刻さお理解して支えてくれることでしょう。難病ということで相談体制も整っているでしょう。

以前、私は地域で開催される、難病患者の集まりにうらやましささえ感じたことがあります。

それは、専門医が相談に乗ってくれ、行政職員が相談に乗ってくれ、患者も家族もいろいろとサポートされていると感じたからです。

脳脊髄液減少症など正式に世間に理解されていない時期でしたから、私はその時も孤立していましたが、国や行政に認められた疾患の人たちは、たとえ病自体は深刻なものであったとして、いろいろと支えてもらえることに、本当にうらやましささえ感じたことがあるのです。

難病の患者さんたちは、地元の医師に軽視されることもないでしょう。難病と診断してくれた主治医の悪口を地元の医師たちから聞かされるつらさもないでしょう。

今ある症状を地元医師に訴えても、難病患者さんなら、医師に、「あなたの精神的なことが問題で起こっている症状だ。」とか、「あなたの過去のフラッシュバックのせいで、またああなったらどうしようという気持ちがあるからでは」とか言われることもないでしょう。

今ある症状は、今困っている症状として、過去のなかなか診断されなかった時期とは切り離して受けとめてもらえるでしょう。

精神的なことが原因だとは思われない、加害者と裁判にならない、といった点では、精神的には病以外のよけいな苦しみには襲われないし、医療面でも脳脊髄液減少症よりはるかに支援が多く恵まれていると思うのです。

だから、難病患者さんが番組の中で診断まで一年かかったと聞いても、えぇ?そんなに早く診断がついたの?と私は思ったほどです。

私はそんなものではなかったから。

脳脊髄液減少症の概念がない時代に存在した脳脊髄液減少症患者は、当時診断できる医師がいなかったのですから1年どころか、何年も診断がつかないのが当たり前だった時代があったのです。でもそのことは当時の患者たちが死に絶えたら、当時の患者たちの苦しみは世間に知られないまま忘れさられていくことでしょう。

しかし、脳脊髄液減少症が誰にも知られていなかった時代にも、脳脊髄液減少症患者はいたのです。

私は難病になったことがないので、難病の苦しみはわかりませんが、でも、脳脊髄液減少症で「これは難病と重病患者の体の感覚ってこうなんじゃないの?」と思ったほどの苦しい症状の体験はあります。

困っているのは、たしかに希少難病患者のみなさんも困っていたのでしょうが、脳脊髄液減少症患者だって治るのに診断が遅れて治らない慢性患者にさせられてしまう困ってる人なんです。

脳脊髄液減少症で症状が重いと、手足から力は抜けるし、頭は認知症みたいになるしで患者の声自体が表に出てじゃないの?と思うほどです。

今夜0時30分から、Eテレで「オイコノミア・もしもあなたが難病になったら?」の再放送があります。

脳脊髄液減少症の患者さんにぜひ見ていただき、見た感想を聞いてみたいです。

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自己紹介

lily

健康オタクの脳脊髄液減少症のサバイバーです。「原因不明」「異常なし」「精神的なもの」とされたり、何かすでに別の病名がついている人たちの中に、脳脊髄液減少症が隠れている可能性について、広く社会に伝えたいと思っています。

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