リカ場 ~私の脳脊髄液減少症のリカバリー~

原因不明の症状に潜む脳脊髄液減少症の早期発見と回復、症状理解による患者に優しい社会の実現のために、私ができること

医師に相手にされない患者

time 2016/07/27

医師に相手にされない患者

私は地元では、今も、ほとんどの医師に相手にされない患者です。

今日も、意を決して、ダメでもともとで、新しい神経内科医に勇気を出して会ってきました。
しかし、やはりダメでした。

3時間待たされたあげく、やっと呼ばれて診察室に入ると、医師は冷ややかな目で私を見ながら、開口一番「今日来た目的はなんですか?」といいました。
それだけで「この医師ダメだ。」と即断しました。

もちろん、問診票には今困っている症状と、主治医が遠いから相談に乗ってほしい旨を書いたのにです。
いかにも「この忙しいのに、あんたここに何しに来たんだ!」と言わんばかりの態度の医師でした。

お昼までというその医師の勤務時間はとうに過ぎていて、いら立っていたのかもしれませんが・・・。
私はその医師のその言葉ひとつを聞いただけで、
「この医師はダメだ。脳脊髄液減少症に理解がない。」とすぐ判断しましたが

恐る恐る、「以前この病院で撮った画像を神経内科の先生の立場からも見ていただきたくて。」というと、「それが目的なんですね。」と冷たい表情のまま、しかたなさそうに画像を開き、画像が開いたと思ったら、すぐ、「はい、見ました。いいですよ。」と言われました。

それ以上、私は何も相談もなにもできませんでした。
そのまま、早々に診察室を追い出されました。

じっくり画像を見て診断してくれる様子はありませんでした。
形式的に画像を開き、開いたと同時に、「はい見ました。」と言ったのですから・・。

確かに「診ました。」ではなく「見ました。」ならそれでもいいのでしょうが。

そんな医師と向き合ってなぞ、こっちだって1秒たりとも居たくはないのでもう何も言わず、そのまま追い出されるままに、診察室を出てきました。

「もう二度と、この医師には受診するまい。」と心に決めて。

診察室に入ってから出るまで、30秒かからなかったと思います。

実質診察時間は10秒ぐらいだったと思います。たったそれだけの会話でしたから。

直後に、精神的な揺れが来て、とっさに、「もう、これ以上、脳脊髄液減少症に無支援な地域社会で、こんな思いを繰り返してまで生きていたくない。」と思ってしまいました。

死にたいわけじゃない、健康な体を他人の暴力でこんな体にされたあげく、地域の医師にも相手にされず、支えてもらえず、病人扱いもされずに、こんな仕打ちを何度も何度も何度も受けてまでして、生きていたくない、という気持ちになりました。

こんな思いをして、医療費を370円払ってきましたが、まだ500円未満だから耐えられますが、以前は、行政のホームページの「脳脊髄液減少症対応可能医療機関リスト」に載っている個人経営のペインクリニックの医師からは、もっとひどい暴言を吐かれ、800円以上医療費を払ったときは、本当につらくて悲しかったです。

似たようなことは脳神経外科でもありました。

その脳外科医はのちに行政の脳脊髄液減少症対応医療機関リストから外れましたが、当時は行政のリストにも乗っていて、
実際に受診してみると、そのクリニックに入ったとたん「おむつ」の匂いに閉口しつつも順番を待ち、やっと呼ばれて診察室に入ると、「脳脊髄液減少症なんて自分も知っている。」と自信満々でしたが、結局、何の力にもなってもらえませんでした。

当時、私から見たら、脳脊髄液減少症に詳しい医師とは思えませんでしたが、行政のホームページでの「脳脊髄液減少症対応病院」とは、医師の自己申告なので、いざ、受診してみると、まるでわかっていない医師だったというようなことが起こるのです。

ただ、私は、脳脊髄液減少症の身で主治医が遠くてつらいから、身近で相談に乗ってもらいたいだけなのに、地域で支えてくれる医師を探して、勇気を出して相談しようと受診しても、脳脊髄液減少症の病名を出すだけで、相手の医師に罵倒されたり、相手にされなかったりしたあげくお金を支払うのは、つくづくバカらしいし、つらいと感じました。

今まで自費の医療費にお金がかかるだけでも家族に申し訳ないのに、身近で医師に支えてもらいたくて受診すると、ひどい言葉で心を傷つけられてなお、お金を払って帰らなければならないとき、泣きたい気持ちに何度もなりました。

私は、脳脊髄液減少症の存在に、世界中の医師の誰一人気づいていなかったころから、耐え難い脳脊髄液減少症の症状を抱えながらも、なんとか生き延びてきていますから、かなり打たれ強い方だと思います。

そんな私でさえ、主治医以外の地元では、まだ、「脳脊髄液減少症なんて存在しない」という医師が多かった数年前ならともかく、ブラッドパッチが保険適用になった今もなお、これでもか、これでもかとばかり、受診する医師、受診する医師、「相手にされない。」ことは、悲しみを通り越して、生きる意欲さえ奪い去ります。

特に、支えてもらえることを期待して受診する脳神経外科医、神経内科医、からの、患者差別という、人権侵害に近い対応には、耐え難いものがあります。

それをこれ以上受け続けると、心が壊れそうになります。
「もうこれ以上生きているのはつらい。」と感じてしまうほどです。

病名がわかっていて、寝たきり同然の状態から、こうして遠くの主治医と家族の支援のおかげで、自費の治療が受け続けられ、
自分で身近な病院なら出歩けるまでに回復した私であっても、地域の医師に、身近で相談に乗ってもらいたいと思って脳脊髄液減少症に無理解な地域であるとしりながらも、勇気を出して医師を受診するたび、こうした対応で打ちのめされています。

すでに、症状の原因が、脳脊髄液減少症だとわかっている私でさえ、無理解な医師の対応がこんなにつらいのですから、

もし、ご自分の症状の原因が何かわからないで受診した患者さんや、あるいは、脳脊髄液減少症かもしれないと気づいても、
正しい検査診断ができる医師にめぐりあっていない患者さんが、期待して、地元の脳外科医や神経内科医を受診しても、
私が受けたような仕打ちを受けた時のショックは大きいと思います。

受診した医師が、勉強不足で、脳脊髄液減少症を知らなかったり、座学としては知っていても、臨床経験もなく、まだ、心のどこかで、ブラッドパッチの効果や、髄液漏れや、脳脊髄液減少症の存在さえ、否定的な気持ちがあったり、半信半疑の気持ちがある医師に出会ってしまった場合、医師はそういう態度や言葉が、患者の前で自然に出てしまうのだと思います。

医師の自分に対する「拒否感」や「先入観」や「疑念」が伝わって、患者はとてもがっかりし、ショックを受けるのです。

その医師が、過去の医学論争当時のような、誤解や偏見を脳脊髄液減少症に対して持っていたなら、患者は医師からひどい対応を受けることがあるのです。

力を振り絞って体がつらい中、やっとの思いで病院に行き、何時間も待って診察室に入ったあとでの、冷たい医師の対応は、さぞかし患者の心と体を痛めつけることでしょう。
中には、失望し、絶望してしまうのではないか?と想像します。

こうした医師の仕打ちに慣れ切った私でさえ、ものすごく今でもつらく感じるのですから。

もしかしたら、この先生は理解して助けてもらえるかもしれない、相談に乗ってくれるかもしれないと期待する分だけ、ひどい医師の対応に出会ってしまった場合、その失望は相当なはずで、苦しみを理解されない、症状を聞いてももらえない、相談にも乗ってもらえない、その絶望感で打ちのめされてしまうと思うのです。

脳脊髄液減少症患者は、症状がつらくてつらくて、何とか対症療法でもいいから助けてもらいたくて相談にのってもらいたくて、医師を受診するのです。

「何が目的でここへ来たの?」なんて言わないでほしいのです。

たとえ、前の脳脊髄液減少症に無理解な医師がカルテに、「この患者問題あり。訴え多し。相手にするな。などの秘密の困った患者記号」がカルテに書かれていたとしても・・・。

やっとの思いで、だるい体をひきずって、地元病院なら自分で行けと家族にも連れていってもらえないから本当に、意を決して、いろいろ調べて、「もしかしたらこの先生なら・・・」と期待しつつ、ダメでもともとの気持ちで受診するのに、その期待が裏切られた時の失望感たるや、相当のものです。

私の今までと本日のショックの度合いからしても、無理解に慣れている私であったとしても、悲しみと失望のあまり、衝動的に、自殺してもおかしくないような精神状態に追い込まれます。

もちろん、私はここまで治してくださった主治医のためにも、そんなことはしませんが、でも、こういう地元の医師に何度も同じ仕打ちに会うたび、ふと、もう、疲れた。と消えてしまいたい衝動にはなります。

どうして、交通事故の被害者が、症状に加えて、こんな社会や医療界の無理解でよけいな苦しみまで抱え込まなければならないのでしょうか?
こうしたあまりにも理不尽な現実があるのが、脳脊髄液減少症なんです。

それなのに、7月25日から連載がはじまった脳脊髄液減少症に関する5回連載の記事
朝日新聞 「患者を生きる」では
きれいごとしか書かれていないと私には感じました。

自分には何の罪もない被害者としての脳脊髄液減少症の患者が、医療界で理解されず、冷たくされ、他の病名の患者のようには扱ってもらえず、結果的に差別され続ける現状や、社会や医療関係者の無理解で、患者が、症状以外の、「社会や医療関係者の無理解」という苦しみまで与えられている現状は、何も伝えられていないと感じます。

今回の朝日新聞「患者を生きる」では、交通事故ではなく、加害者がいない、自分で発症した、そして、頭痛という症状と、血腫というわかりやすい症状で、普通の医師にもわかりやすい、見逃しにくい幸運なケースだと思われます。

同じ脳脊髄液減少症の中でも、見逃されにくくわかりやすい症状と、脳脊髄液減少症に詳しい医師に早期に診断され、点滴だけでも入院が許され、病名がついたことで家族の理解も得られたという、幸運が幾重にも重なった、あまりにも幸運なケースで、
私の経験した脳脊髄液減少症の過酷な患者の現状とはかけ離れていると感じます。

私のようなひどい経験をした脳脊髄液減少症患者も、他にも大勢いると感じます。

そうした人たちが、体験を語らない限り、脳脊髄液減少症の苦しみが、単に症状だけでなく、それ以外にも、「地域や社会や、家族や、医師の、無理解、無支援、無関心」で引き起こされる、幾重もの苦しみが存在する事実が、今後も一切、社会には伝わらないでしょう。伝わらなければ、そこからの教訓も伝わらず、それに対する対策もなされないまま放置され続けるでしょう。

結果的に、私のように、症状以外でも苦しめられる患者が今後も出続けさせてしまうでしょう。

ちょうど、ハンセン病や、水俣病の患者たちが、その症状以外に、社会や医師や家族から受けた別の苦しみにうちのめされ続けたように・・・・

脳脊髄液減少症にも過去の過ちと同じ「罪もない患者を症状に加えて、さらに無理解で苦しめることを、医師や社会が次々と作り出している。」ことに、気づいている人は、まだまだ少ないでしょう・・・

なんとかしたくても、とてもひとりではできません。

朝日新聞「患者を生きる」に伝えてください。

私と同じ経験を少しでもしたあなたの思いを・・・。

患者を生きる 3100 脳脊髄液減少症 1
患者を生きる 3101 脳脊髄液減少症 2
患者を生きる 3102 脳脊髄液減少症 3

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自己紹介

lily

健康オタクの脳脊髄液減少症のサバイバーです。「原因不明」「異常なし」「精神的なもの」とされたり、何かすでに別の病名がついている人たちの中に、脳脊髄液減少症が隠れている可能性について、広く社会に伝えたいと思っています。

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