リカ場 ~私の脳脊髄液減少症のリカバリー~

原因不明の症状に潜む脳脊髄液減少症の早期発見と回復、症状理解による患者に優しい社会の実現のために、私ができること

“上流階級バイアス”の人たち

time 2017/09/28

最近の学歴の高い国会議員さんの暴言を聞いて、ふと、“上流階級バイアス”という言葉を思い出しました。

同時に、今まで出会ってきた上流階級であろう、学歴も肩書もすばらしい医師でも、人としてどうなの?と思うような数々の男性医師たちも思い出しました。

8月20日のフジテレビ「フルタチさん」で、中野信子先生が、妻にモラハラをするモラハラ夫について語っていました。
その中で、「上流階級バイアス」について説明していました。

妻を束縛しすぎたり激しく恫喝するような夫の傾向として、北村弁護士が、「少ない経験の中で」と前置きした上で「比較的知的レベルの高い職業の方が多いような気が」すると言うと、中野先生は、「それは上流階級バイアス」というものだと話しました。

「バイアス」とは偏見という意味だそうです。

中野信子先生は、

『「上流階級バイアス」とは高学歴・高収入を手に入れて(自分の)階層が上がると「自分が特別で何をしてもいいと思うようになる。」普通の階層にいた方が「学歴」を手に入れるとか「高い収入」を手に入れるとかして「いい階層」に移るということが起こると、「自分は特別だ」と思い始めて、人に何をしてもいいんだというような認知が生じることがある。それで自分よりも弱い立場の人に高圧的に出たりということがある。』と話していました。

受験勉強を勝ち抜いて、常に上位の人間として認められ、高い学歴、高い地位、高い権力、高い収入を手に入れた人たち(政治家、医師、など)の中にそういった「上流階級バイアス」の人たちが存在していて、弱者である人たち(雇用されている人、患者など)に対するパワーハラスメント、モラルハラスメントを平気でしてしまう人たちがいるのではないか?と私は思いました。

こどもが、たまたまお金持ちの家に生まれ、何不自由なく暮らし、貧乏な子の気持ちが理解できないためにいじめたり、

親が教育熱心で、そのために恵まれた教育環境の中に育ち、高い地位や権力や収入を手にした元、こどもたちもいることでしょう。

自分でも努力し続け、それで成功を勝ち得て、そのために、「自分は特別だ」と思ってしまう人たちがいても別にかまいません。

でも、なぜ「自分は特別だ。」と思い込むと「他人に何をしてもいいんだ」という認知が生まれるのでしょうか?

ただ、私の考えでは、人はサルが進化した生き物でしょうから、体力と性格と、実力で上へとのしあがるサルがいて、

その中からボスが一匹生まれ、そのボスの下にピラミッド社会ができていく、そもそもそういった遺伝子を持った生き物なのでしょう。

だから人間同士が強者が弱者を支配するのは、当然なのかもしれません。

中野先生は『人は「いじめ」をやめられない』という本を、本日2017年9月28日に出すようです。

たしかに、タイトルどうり、そうかもしれないと思います。

私もモラハラもパワハラもいじめも、ドクハラも、人間の遺伝子的にもゼロには絶対ならない気がします。

それらをやめさせるのが難しいなら、それら自分に害のある人たちからどうやって、逃げ、自分自身を守り生き延びるか?を身につけた方が早いような気がします。

最後に、別の番組(ビビット9月20日放送)の中で某女性国会議員の謝罪会見を見た感想として、離婚問題や不倫問題を得意とする弁護士の三輪記子さんが

「勉強ができるから何やってもいいんだ、自分は特別だ、という考え方は、それが違うよってことを勉強とともに、身につけなければいけない。」と話していたのを聞いて、私は妙に、共感してしまいました。

医師側から見たら、わがままでおかしな患者、仮病を使う患者、自己中心的な患者、医師に害を与えるような危険な患者から身を守ること、そういった患者に注意し、自分の身を守ることは、医師として大事なのかもしれません。

しかし、私は脳脊髄液減少症になって、図らずもいろいろな医師にあい、中には人間性を疑うような方にも出会ってしまいました。

患者の側から見たら、医師から患者への暴行はさすがになくても、患者の心への暴力は何度も受けました。特にきつかったのは、相手にされなこと、脳脊髄液減少症患者と向き合い続けている主治医などの一部の医師を露骨に批判する言葉を投げつけられたことです。

こうした医師の「暴言」やモラルハラスメントを感じることは、今までもありましたし、今後もあると思います。
人間にはいろいろな方がいます、変な患者もいるように、変な医師だって同じように存在すると思います。

そうした方々は、医学は日々進歩しており、常識は時代とともに変わっていくということ、その代わりのはざまに当たった時は、新しい考えを受け入れていく思考の柔軟性を持っていただきたいと思います。

たとえ成績が良く、学歴も高く、立派な経歴があったとしても、「勉強ができる自分は特別だ。」と勘違いしてしまうような人間的なバランスを欠いた人材が、医師になったり、議員になったり、するのはちょっと怖いなと感じました。

犯罪やいじめがけっしてゼロにはならないように、いつの時代も一定数、困った人たちが現れるのが社会だろうし、

その社会の中で、どう自分を守り、どう自分が生き延び、助けてくれる人を見つけ出し、また自分が今度は人として成長して、他人に対しても誠実に対応していけるかが大切なんだろうと思います。

これは、脳脊髄液減少症患者が、脳脊髄液減少症に理解がまだ広がっていない地球上で、脳脊髄液減少症については詳しい医師が世界で一番のはずの日本での医学界の無理解と、脳脊髄液減少症に無関心な社会、無理解な医師、無理解な医療関係者、無理解な家族、という無言のいじめから、患者が自分をどう守りどう生き抜くか?にもつながることだと思います。

どんな過酷な厳しい環境に置かれたとしても、自分で生き残るすべを持った者だけが生き残ってきたのが、生物の進化の歴史でしょうから、上級階級バイパスの人たちから自分を守り、他を当たったり、別の逃げ道を探したり、自分を救い出すテクニックを自分で得る力も、脳脊髄液減少症患者には必要だと思うのです。

そして、医師は、下流階級だと思っている人たちも、自分と同じ人間だということ、一見仮病や保険金詐欺師に見えるような訴えの患者の中にも、実は本物の患者が潜んでいること、自分がいくら医師で学歴や経歴がすばらしくても、人間である以上知識には限界があり、患者から学ぶ姿勢も常に必要だということ、患者を軽んじる言動が、「患者いじめ」にもつながる可能性があることを、自覚すべきだと思います。

これからは医師に上流階級バイアスの人が増えないよう、入試では学力だけではなく、しっかりと医師としての人間性、考え方、人格もありとあらゆる手段を講じて探って医師を養成してほしいと思います。

学力だけで医学部の合格者を出すのは、患者が心無い医師の言葉で傷ついたり、とても困ります。

Aさんが学力が100点で人格が30点で、Bさんが学力が70点で人格が60点なら、Bさんを合格にしてAさんを不合格にするようなそういう入試制度もあってもいいのではないか?と思います。

ただ、学力が一番点数化しやすく、人格とか、考え方とかは面接でぐらいしか見られないのでその人の一面しかわからず、なかなか点数化するのが難しいでしょうから、人として性格まで優れた人を医師にするのは難しいでしょうね。

学力も高く性格までいいという人だけが医師になれるという環境になれば、逆に、「上流階級バイアスの人たち」を産みやすいかもしれませんね・・・・・。

 

 

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自己紹介

lily

健康オタクの脳脊髄液減少症のサバイバーです。「原因不明」「異常なし」「精神的なもの」とされたり、何かすでに別の病名がついている人たちの中に、脳脊髄液減少症が隠れている可能性について、広く社会に伝えたいと思っています。

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