リカ場 ~私の脳脊髄液減少症のリカバリー~

原因不明の症状に潜む脳脊髄液減少症の早期発見と回復、症状理解による患者に優しい社会の実現のために、私ができること

脳脊髄液減少症の症状の疑似体験の必要性

time 2017/10/13

これから医師になる人たちは、一度は、学生時代に脳脊髄液減少症患者の症状の苦しみの疑似体験をしてほしいと思います。

VR(バーチャルリアリティ)が発達してきた今なら、VRを利用して、めまいの症状の体験、物がゆがんで見える体験、走行中の車窓の窓の景色が、絵として脳が捉えるのが間に合わず線になってしまう動体視力の低下などは、VRで簡単に再現でき、体験できるはずです。

なんらかの方法で脳脊髄液減少症患者の症状のつらさしんどさを疑似体験し、医師になったとき、患者の訴える症状のつらさが想像できるだけの、想像力の基礎を若いうちに作っておいてほしいと私は思います。

その疑似体験は バーチャルリアリティを使っての視覚からだけの体験だけでなく、視覚と体感を組み合わせた仕組みで、まるでアトラクションの「映像と体感」を組み合わせた形での疑似体験ならなおリアルな、脳脊髄液減少症の世界が疑似体験できると思います。
たとえば、斜めの床を、ゆがんだ映像の出るゴーグルを目につけながら、歩くとかです。

ただし、疑似体験中に転倒による怪我に注意です。

あと、高齢者理解の立場で、すでに高齢者の体の衰えた体験ができる工夫(手足に重りをつけたり、手や体の動きを制限するものを装着したり、サングラスをかけて視力をぼやけさせるなど)はすでにいろいろ考え出されて、若い人たちに対して高齢者の体験学習がされたりしていますので、そういったものを脳脊髄液減少症患者理解のための体験に利用するのもいいと思います。

脳脊髄液減少症になると、視力はぼやけ、手足は衰えたようになりつまづきやすく、手は細かいことがしにくくなり、高齢者と似たような状況になるからです。

先日はテレビで、ゴム手袋をはめてボタンを留めるような体験をするのを見ました。

たしかにゴム手袋を両手につけて、携帯やスマホを操作してみたり、パソコンを打ってみたり、ボタンをつけはずししようとしたり、文字を書こうとしてみたり、箸を使ってみたりしてみれば、脳脊髄液減少症患者の手の動かなさが少し理解できるようになるかもしれません。

先日、登山家の三浦雄一郎さんが、高齢にもかかわらず続けているトレーニングの様子をテレビで見ました。

いつも片足2.3㎏ある靴を履き、両足にさらに2㎏の重りを巻き、さらに、10㎏のダンベルが入ったリュックをしょって街を歩き、トレーニングしているそうです。

同じ重さの靴を履き、同じ重さの重りを両足に巻き、同じ重さのリュックを背負った、若い番組スタッフの歩き方は、とてもしんどそうで、まるで私が脳脊髄液減少症での体のだるさ重さしんどさ、自分の体の体重さえ重りに感じるあのつらすぎる感覚がよみがえってきました。その状態がずっと続く状態で、逃げられない状態で、ずっと何年も暮らさなければならないと想像しただけでつらいはずです。
そのつらさを医師に訴えても、「大丈夫だから、命には関係ないんだから、あまり気にしないで。」と治す努力もされないまま家に帰され、仕事や家事をし続けなければならないつらさは実際に脳脊髄液減少症の症状を体験した者でないとわからないでしょう。

たぶん若いスタッフも、あの状態の体の重さで日常生活を過ごし、その重りをけっして自分の意思では外せない脱げない状態で、ずっと延々と毎日毎日365日の生活のすべてを、そのすべての重さを体につけたまま何年も過ごさなければならないとしたら、たぶん、耐えられないと思うのです。

しかし、しかしです。同じ重さを付けた三浦雄一郎さんの鍛えられた体での歩き方は、普通にしか見えないのです。でも、その一見普通に見える三浦さんの歩き方の裏には、重りをつけない普通の歩き方に比べてはるかに大きなエネルギーと筋力と力が必要で、その一見普通の歩きが実現しているのだと思います。

いつもより何倍もの力を努力をして初めて普通に見える歩き方をしているのに、外側から第三者がその姿を見たら、普通の重りなしの歩きも、重りありの歩きも同じように見え、その陰にある、同じ動作をするために使う力の差には、全く見た目ではわからないのです。
脳脊髄液減少症の症状のつらさが第三者には理解できない理由は「これだ!」と私は思いました。

地元の、脳脊髄液減少症に理解のない医師や家族など周囲の人たちは、こういう風に「動けている」と言う結果だけで判断し、その「結果」を生み出すためには、「健康な普通の時の楽な感じではなく、非常にエネルギーや気力を使い、同じ動きをするのでも、とても大変で疲れてしんどい」ってことが、外側から見ただけではわからないんだろうな。と思いました。

だから、患者が感じている「あきらかに普通ではない尋常ではないしんどさ、苦しさ」が周囲の人たちには全く伝わらないし、
見た目だけで「元気そう、ほうっておいても大丈夫そう」と放置されてしまうのだと思います。

患者が「つらい助けて」と助けを周囲に求めても、だれもそのつらさを理解してくれず、訴えがくどければくどいほど、「精神的なもの」扱いされたり「境界性パーソナリティ障害によるかまってほしい病」と誤解されたりして、ますます助けてもらえなくなる恐ろしさは、脳脊髄液減少症ならではの恐ろしさだと思います。

脳脊髄液減少症になると、耐えられない体感に加えて、耐えられない精神的苦痛も加えられるってことで、本当に八方ふさがりで精神的にも肉体的にも追い詰められてしまうのです。

今後は、医師や医療関係者になる人たちには、なんらかの形で、見た目ではわからない脳脊髄液減少症の症状の疑似体験を繰り返し体験してもらい、その状態がずっと続き、かつ周囲に訴えても無視され続けるという体験を何度かした方がいいと思います。
そうでもしないと、脳脊髄液減少症の患者の訴えが理解できないから、脳脊髄液減少症患者に遭遇しても、なんでも詐欺師扱い、精神的なもの扱いしかねないと思います。

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自己紹介

lily

健康オタクの脳脊髄液減少症のサバイバーです。「原因不明」「異常なし」「精神的なもの」とされたり、何かすでに別の病名がついている人たちの中に、脳脊髄液減少症が隠れている可能性について、広く社会に伝えたいと思っています。

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