リカ場 ~私の脳脊髄液減少症のリカバリー~

原因不明の症状が「脳脊髄液減少症」だった私が、世界中に伝えたいこと

患者に言ってはいけない言葉

time 2017/09/13

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脳脊髄液減少症患者に言ってはいけない言葉

私は、今まで何度か、地元の脳脊髄液減少症に理解のない人たちから、こう言われたことが何度かあります。

「あとは症状とつきあっていくしかないね。」と。

慰めなんだか、さげすみだか、なんだかわからないような言葉に、そのたび、複雑な思いになります。

相手には悪気はなく、私を励ます意味を込めて言われた言葉なんでしょうが、実際は私はこの言葉をかけられると、いつも気持ちが沈むのです。

悪気なく、そう私に言う人たちは、時には、同級生だったり、肉親だったり、時には医師だったり、時は看護師だったり・・・・いろいろです。

いずれも、私からみたら、その人たちはあまり脳脊髄液減少症のことをわかっていないと思われるのに、わかっている、理解しているつもりで、そう言ってきます。

同級生や肉親は素人ですから、しかたがないにしても、地元の(脳脊髄液減少症には理解があるとはとても思えない医療機関の)医療関係者からこの言葉がでると、がっかりします。

がん患者さんたちのケアや言葉がけにはかなり研修などで何度も学ばれていても、脳脊髄液減少症患者に対しての患者対応や病態の知識など知識はほとんどないんだな、と感じます。

治りたい回復したいと思って通院している患者が、医療関係者に「症状とつきあっていくしかない。」と言われることは、とても残酷に感じます。

その人たちは、脳脊髄液減少症になったこともないし、あの耐え難い症状も経験したことがないから、安易にそんなことが患者に対して言えるのだろうと感じます。

その人たちに共通していると思われることは、「脳脊髄液減少症になったこともなければ、その症状のものすごさを経験したことも、知識として正しく患者の実態や、脳脊髄液減少症の今までの経緯を知っている形跡もないこと」それに「脳脊髄液減少症の症状が、耐えられる範囲のたいしたことではないとかなり軽視していると思われること。」

もし、がんの痛みと日々闘い、治りたくて必死で治療を受けている最中の患者が日々症状に耐えて過ごしている人に対して、「もうその痛みとは死ぬまで一生付き合っていくしかないわね。」などと、面と向かって言う人はいるでしょうか?

あまりそういう人はいないのではないでしょうか?

それなのに、脳脊髄液減少症患者は、その病名と症状の過酷さの認知度の低さと、見た目の元気そうな姿から、相当軽視され、そうした残酷な言葉を頻繁に投げかけられます。

それは、完治したいと願う患者にとって、とても残酷な言葉です。

少なくとも私は、そう言われると、悲しくなり、怒りさえ沸いてきます。

なぜなら、「あんたはもう一生治らないんだから、その症状とともに生きていくんだと完治することを受け入れて、もう治療はあきらめなさいよ。いつまでもそんな些細な症状にこだわって、そのつどいちいち病院になんて来ていないで、ささいな症状には気にせず、その症状を抱えて前向きに生きることを考えなさいよ。」と言われているように感じるのです。

当事者の思いを、どんどん直接医療関係者に届けていかないと、脳脊髄液減少症患者の気持ちはなかなか理解してもらえないな、と思いました。

しかし、脳脊髄液減少症の症状が重ければ重いほど、見逃され期間が長ければ長いほど高齢になり、そうした患者の声は表に出てこなくなってきます。

表に患者の声が出てくるのは、偶然にも早期発見早期治療で、いとも簡単に完治している若い脳脊髄液減少症患者、配偶者や家族に裏切られることもなく暖かく支えられている恵まれた脳脊髄液減少症患者、

幸運にも発症早々に脳脊髄液減少症と診断してくれるような医師に出会った奇跡的な患者、

そうした人たちばかりでしょう。

そうした、全体の脳脊髄液減少症患者の中でも、特に幸運に選ばれたよう患者ばかりの声がいくら表に出ても、それは、脳脊髄液減少症のすべてではないのです。

むしろ、脳脊髄液減少症の本当の恐ろしさ怖さを知っているのは、それらの人たちとは全く逆の世界にいて、声が出せない人たちなのだと私は思っています。

本当はそうした、「症状が軽くない、家族や周囲の理解も支援もない、医師の診断も誤診続き、何年お見逃され、命の危険さえ何度も感じ、誰にも理解されない、家庭崩壊、失業、医師によるドクハラなど」そうした脳脊髄液減少症がもたらす苦しみを経験している人たちの声こそ、社会に世界に伝えるべきなのです。

それによって、気づきがあるはずですから。

脳脊髄液減少症が罪もない人たちにしているその本当の過酷さ、恐ろしさを知っている人たちの体験や声こそ、表にでてくるべき情報だし、世界中に知らせるべきことだと私は思っています。

しかし、そういうことを体で経験している人ほど、命をすでに落としていたり、自殺していたり、症状で発信する力を奪われていることが多いのではないか?と私は案じています。

治りたい一心でいろいろと努力している最中の脳脊髄液減少症患者に対して、脳脊髄液減少症の経験したこともない健康な人が「症状と一生つきあっていくしかないよ。」なんて言ってほしくはありません。

少なくとも、病院で、そういう言葉をかけられ、患者が悲しくなったり、治ろうとする意欲をそがれたり、治ることをあきらめたり、生きることがつらくなったり気力を落としたりすることがないように、ご配慮いただきたいと思います。

 

 

 

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自己紹介

lily

脳脊髄液減少症のサバイバーです。私が生きているうちに「原因不明」「異常なし」「精神的なもの」とされたり、何かすでに別の病名がついている人たちの中に、脳脊髄液減少症が隠れている可能性について、広く社会に伝えたいと思っています。

「脳脊髄液減少症を知っていますか」

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