2020/07/04
私は先月、はじめて「前頭葉の機能解明のきっかけ」となった、「フェネアス・ゲージ」という人の存在を知りました。
先月の(2017年8月20日)のフジテレビ「フルタチさん」で、古館さんが、話していた「前頭葉が破壊された人」の話です。
チラっと触れた、結果的に、前頭葉の機能解明の立役者になった、ひとりの「脳をケガした患者さん」のお話で、本人にとっては不幸な出来事であっても、歴史的には大きな発見をくれた人のようでした。
その人物に私はとても興味を持ちました。
調べていると確かに「前頭葉の働きの解明のきっかけ」になった「フィネアス・P.ゲージ」という人のことらしいとわかりました。
日本では、脳科学の分野というより、「心理学」の分野で、この「フィネアス・ゲージ」が学ばれることが多いのでしょうか?
フィネアス・ゲージについて私が理解できそうな適当な日本語の本は見つかりませんでした。とても残念です。
海外では何冊かの本が出されているようです。
私は、このフィネアス・ゲージという人の事故にあってからの11年間に、非常に興味を覚えました。
sponsored link
“フェネアス・ゲージ”という人のお話
古館さんのお話によると、『150年以上前のアメリカで、建設現場の監督のフィネアス・ゲージという男性がいた。
彼は優しく、紳士で、人をひっぱってくれ、たくさん部下もついてくるような、すごい人徳者で、アメリカを発展に導くような監督だった。
その人が、ある日事故に巻き込まれて、細いパイプが前頭葉を突き抜けてしまった。
もしパイプが(脳内)に止まっていたら絶命していただろうが、パイプが突き抜けて貫通したので、病院に運ばれて一命をとりとめた。そして歩けるようにまでなった。
しかし、まったく人が変わってしまった。
朝から酒場に行って女性のおしりさわるは、人に悪態はつくは・・・まるっきり人が変わってしまった。
そのあたりから「前頭葉って何?」「前頭葉って何を司っているの?」ということが考えられはじめた。
そのためフェネアスゲージは「脳科学の発展の礎」を作った人と言われている。
いまだにその方の頭蓋骨の標本が残っている。』
とのことです。
私の感想
この、フェネアスゲージという方に私はとても興味を持つつともに、複雑な思いと、現在にも存在している多くの「フェネアスゲージ」的立場の「医師に新しい気づきを与える患者の存在」に多くの医師たちはまだ気づいていないんだろうな、と感じました。
たとえば、脳脊髄液減少症患者のような・・・・。
フェネアス・ゲージさんに対する思い
フェネアス・ゲージさんは、不慮の事故で、前頭葉をパイプが貫通し、一命はとりとめたものの、前頭葉が正常に機能しなくなったために、本来の自分の姿を失ってしまったことは、ご本人はどんなにつらかっただろうと思いました。
フェネアスゲージさんが、事故による前頭葉の損傷を受け、それが原因で自分の理性が保てなくなっているということを、当時はまだ理解できない人たちが多かったでしょう。
うすうす事故が原因で人格や性格が変わってしまったことに周囲は気づきながらも、でもどうしてそうなったのかがわからず、なんとか元のフェネアスゲージさんにもどそうとした方々もいたことでしょう。
でも、元に戻らず、悲観したり、フェネアスゲージさんを怒ったり、嫌ったりした人たちもいたことでしょう。
周囲の人たちはとても困ったことでしょう。
周囲の人たちは、自分たちが、フェネアス・ゲージさんの事故後の言動でこんなに困っているのに、彼がそれを悔い改めようとしないのは、彼(フェネアス・ゲージ)が悪いと決めつけ、彼を嫌い責めたかもしれません。
でも、私は思うのです。
もしかして、フェネアス・ゲージさんは、ご自分に起こっていることを、わかっていたのではないか?と。
以前の自分とは違う自分に一番困って苦しんでいたのは、周囲の人たちより、ご本人だったのではないか?と。
今までの仕事ができなくなり、他の仕事を転々としたようで、さぞかし、生活をしていくという意味からも、脳の損傷は今でいう「高次脳機能障害」でいろいろと日常に障害を起こしていたはずで、ご自身が一番、自分をコントロールできないこと、感情をコントロールできないこと、段取りよくできないことなど、さまざまなことで困ったことでしょう。
今から150年ほど前ですから、脳の機能もあまりわかっておらず、高次脳機能障害の概念もない時代ですから、「ただの変わり者」として軽蔑の対象となっていたかもしれません。
本当に、フェネアス・ゲージさんは、被害者なのに、その被害者として負った傷のために、周囲から白い目で見られる、「人としての評価が落ちる。」という「苦痛」まで受けなければならなかったのでしょう。
そのことは、程度ははるかに軽いものの、脳脊髄液減少症で同じような経験をしてしまった私には、想像できるのです。
その時の、フェネアス・ゲージさんの状況と気持ちを想像してしまいとてもつらくなります。
脳脊髄液減少症でも前頭葉の機能が低下する
自分で自分をコントロールしようがない状況に置かれてた経験がある人間でないと、そのことはわからないかもしれません。
実は、私は、脳脊髄液減少症が原因で、自分が自分でなくなったように感じたことがあります。怒りのスイッチが入りやすく、激怒し暴言を吐き、物を投げ、感情のコントロールを自分ではできないと感じたことがあります。
そんな私を当時、周囲は責めました。ダメな人間扱いもされました。自分でもそういうおかしくなっていることも、周囲の自分に対する評価もわかっていたけれど、どうにもなりませんでした。
おそらく、脳脊髄液減少症が原因で前頭葉の機能障害が起きていたのだと今思います。
なぜなら、ブラッドパッチ治療を受けて以来、そういったことがだんだんと治まって、穏やかな感情になり、些細なことではキレなくなりましたから。
しかし、脳脊髄液減少症での前頭葉の機能低下について、気づいている医師はあまり多くはないと思うし、髄液減少と前頭葉機能低下についての研究をしている人もまだいないかもしれません。
でも、私は、自分の経験から、暴力がからむ事件を起こす人たちの中には、もしかしたら、前頭葉の機能が低下している人たちがいるのではないか?と想像したりもします。
もしそうだとしたら、「心神喪失」とより、「脳の障害」が原因で事件が起こることもあるだろうし、見えない脳の障害を早期に見つけて治療することで、新たな事件や事故を予防できるのではないか?とも思います。
脳脊髄液減少症患者は現代の“フェネアス・ゲージ”
医師と研究者にお伝えしたいことです。
前頭葉を傷つけてしまった人の存在のおかげで、その人の事故前後の変化をよく観察することで、前頭葉が人の体で何をしていたのか?どんな機能を司っているのか?がわかってきたのは事実だと思います。
そもそも、医学とは何でしょうか?
実際の人間に起こった病気やケガの経験の蓄積ではないでしょうか?
古代から人間は、病やケガの時、いろいろなことを考え、試してきたはずです。
たとえば、あの症状の時に、この草の汁が効いた、ではこの草の汁の何が効果があったのか?と研究が始まったとしても、元をたどれば、
昔の誰かが最初にその症状の時にその草の汁を飲んでみたとか、肌につけてみたとか勇気ある人がいたからでしょう?
フグに毒があるのがわかったのも、フグを食べて亡くなった人がそれを教えてくれたからでしょう?
でもフグを食べても死なない人がいて、その差がなんなのか調べてみたら、死んだ人はフグの肝を食べていて、死ななかった人は身だけ食べていたとか、その肝を詳しく調べてみたら、毒の存在がわかったとか、そういうことも最初は全部、人間が実際に体に起こっていたことからの知識がはじまりでしょう?そのことからの学びと経験と考察の蓄積の歴史が医学の教科書に書かれているんでしょう?
あのキノコを食べたら死んだ、別のキノコを食べてもしななかった。そういうことだって、全部最初が動物実験でわかったわけではないでしょう?
たまたまの偶然の人間の実際の経験が、今ある医学知識になっていることもあるでしょう?
実際の人間の犠牲者が体を張って、さまざまな危険や知識を後世に教えてくれたことって、医学の世界には「フェネアス・ゲージ」の例だけではなく他にもたくさんあるでしょう?
だったら、なぜ、もっと早く、実際の脳脊髄液減少症患者の声に真摯に耳を傾けてくれなかったのですか?
脳脊髄液減少症の治療数例では世界をリードするこの日本でもなお、なぜ、今すぐ、すべての医師が、脳脊髄液減少症の存在を知り、生の患者の声から真剣に学ぼうとしてくださらないのですか?
現代の「フェネアス・ゲージ」は、あなたの目の前に、現れ続けています。
その存在に医師であるあなたが気づいていないだけです。
過去の常識が現在の非常識、過去の医学の非常識が現在の常識になること多々ありますが、それでも医学書のたいていの知識は、いつでも生きた人間・生の患者から学んだ情報の蓄積であることは事実でしょう。
それを認めるなら、現在も「フェネアス・ゲージ」と同じように、新たな発見や知識を、患者が医師に伝え続けていることを忘れないで、患者から学ぶ姿勢を忘れないでください。
Science
The return of Phineas Gage: clues about the brain from the skull of a famous patientDamasio et al. Science 264, 1102-1105,1994
(フィニアス ・ ゲージの帰還: 有名な患者の頭蓋骨からの脳についての手がかり)
日本語ではフィネアス・ゲージは(フィニアス・ゲージ)とも表記されるようです。
英語の本です。
スペイン語の本もあります。
興味のある方は、翻訳ソフトで読んでみてください。
フィネアス・本では、心理学の分野以外に、一般向けには「フィネアス・ゲージについての本」はあまり出ていないようで、それがなぜなのかがわかりません。
心理学というより、私から見たら、事故被害者の高次脳機能障害を抱えての生き残ることの難しさ、生き残ったことのすごさという意味で私はその生涯の行き抜いた証を知りたいと感じました。
むしろ、フィネアス・ゲージについて知ることは、心理学教育にとどまらず、今後の医療福祉分野の人材教育にとって、重要なことではないか?と感じます。
ゲージの事故後の生涯や人間関係、生き様を知ることは、高齢化社会の認知症患者支援においても、支援者や医師、医療関係者、介護側の人間に必要なことだと思います。
ただの困った人ではなく、困っているのは「当事者」であり、第三者から見て一見「困った人」になってしまっている当事者自身の苦しみを察し、どう支援していったらいいかのヒントが、「フィネアス・ゲージ」の人生をたどることで、気づけるような気がします。
どなたか、こうした外国のフィネアス・ゲージについての記述や本を日本語に訳していただけませんか?