リカ場 ~私の脳脊髄液減少症のリカバリー~

原因不明の症状に潜む脳脊髄液減少症の早期発見と回復、症状理解による患者に優しい社会の実現のために、私ができること

「優性・劣性」と「ドクターショッピング」

time 2017/09/07

本日(2017年9月7日)の朝日新聞で、“遺伝の法則の「優性」「劣性」は使いません。”という記事を読みました。「劣性遺伝病」などの、「劣性」「優性」などの言葉をやめるという記事を読みました。

記事によると、誤解や偏見につながりかねなかったり、わかりにくかったりする用語を、日本遺伝学会が改訂した。用語集としてまとめ、今月中旬、一般向けに発売する。

そうです。

用語集「遺伝単」(エヌ・ティー・エス) 税抜き 2800円

メンデルの訳語として使われてきた「優性」「劣性」は、遺伝子の特徴の現れやすさを示すにすぎないが、優れている、劣っているという語感があり、誤解されやすい。

とのことで「優性」は「顕性」、「劣性」は「潜性」と言い換えるそうです。

他にも「バリエーション」の訳語だった、「変異」は「多様性」に、「色盲」は「色覚多様性」になるそうです。

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私の気持ち

たしかに、優性・劣性などの言葉は、「劣性遺伝病」などと、診断される患者の気持ちにたった視点で名づけられたものではなく、あくまでそうではない人たちが上から目線でつけられて使われてきたように感じます。

言い換えが進むことで、誤解なく、より実態を表現できる名称になることはいいことだと私は思います。

それにしても、何も遺伝に関する言葉だけでなく、いろいろな言葉が、強者の一方的な立場で言われている言葉はまだ他にもあると私は思います。

「精神分裂病」という言葉が「統合失調症」となったり、「痴呆症」という言葉が「認知症」となったり、することも実際に見てきました。
「目の見えない人」「口がきけない人」「耳が聞こえない人」に対しても、昔は差別用語がありました。
今の若い人たちは、そんな言葉の存在すら知らないでしょう。

でも、これから医師になる若い人たちには、そうした言葉の歴史も学んでいただきたいと思っています。

病名とか状態を表す言葉が、たとえ当事者の患者の視点から見たら不適切だと感じることはあっても、弱者の患者の立場から、その病名などを決めた強者に対して、弱者の気持ちを表に出すことは長い間できなかったと思います。
たとえ声を上げても、強者の前では弱者の言葉なんて叩き潰されそうだからです。

それによって、長い間、強者が決めた呼び方がまかり通ったいた時代があることを、これから医療や福祉にかかわる人たちには学んでほしいと思っています

「〇〇拒否」という言葉

言葉の言い換えの例で、教育現場で「登校拒否」という言葉が昔ありました。この言葉は教師側、親側といった、当事者からではない視点を強く感じます。
それが今は「不登校」という言葉になっています。この言葉もまだ私には当事者視点ややが欠けているとは思いますが、「拒否」の言葉がなくなっただけましになった言葉だと感じています。

「拒否」の言葉を医療現場で二度体験しました。一度目は、初めて行った当時、まだ自分を苦しめている症状が脳脊髄液減少症の症状だと気づいていなかったころ、男性産婦人科医に生理に伴う激しい症状の相談に行った際、「内診をしたくない」と伝えたら、「内診拒否」のハンコをカルテに押すのを見てしまったこと。

二度目は、同じく初めて行った他の整形外科クリニックでX線検査をされそうになったので、最近X線検査をしたばかりでその画像をもってきたので、今日はX線検査をしたくない、と医師に伝えたら、同じく「X線検査拒否」のハンコをカルテに押すのを見てしまったこと。

どちらも、私はとても「不快」に感じました。
それは医師も同じで、自分がしたい検査を「拒否する」患者に対しても「だったら来るな」的な「不快」な思いをしたのだと思います。開業医にとっては、検査を断る患者はその分儲けにもつながらないという意味でも「困った患者」なのだと思います。

初めての受診で嫌な思いをしたその二つのクリニックには、以来二度と近づいていません。

検査が嫌だという患者なら、だんだんと医師と患者の信頼関係を深めてから、「やはりうちでも検査してみないと」と医師も伝えてもいいと思うのですが、そうはいかないようです。

ポンと押された「拒否」という文字は、当事者が「したくない」と正直な気持ちを医師に伝えただけで、医師側の怒りが「拒否」というハンコを通じて伝わってくるように感じました。

「拒否」という言葉のレッテルを貼られた患者は、たった一度のはじめての受診で、医師からこんなふうにいきなり、「あんたは医師の言うことをきかない困った患者」だと思われてしまったと悲しくなります。

「もう、この先生には何を話しても理解してはもらえないだろう」と私もがっかりしたものです。
今も、患者にわからないところで、「困った患者」につける言葉がたくさんあるのだろうと思うと、悲しくなります。
それは、「拒否」の言葉同様、患者の立ち場からよく話を聞いてからの言葉ではないだろうと思うからです。

学校にいけない子も「登校を拒否」しているのではなく「行きたくても行けない事情がある」のかもしれないのと同じように、
ひとつの現象を、第三者だけの視点で、レッテルめいた言葉で示すのは、よくないと感じます。

医師などの健康で強者の立場からつけられたと思われる言葉はまだほかにもあります。

たとえば、「ドクターショッピング」という言葉です。

ドクターショッピングという言葉

これは明らかに、患者の側からポジティブな意味合いで作った言葉ではないと、私は感じます。

どうしても「ドクターショッピング」という言葉の中には、「医師の視点からの患者の困った行動」というネガティブな意味合いを強く感じるからです。
「自分の症状を重病だと思い込み、いくら医師がたいしたことがない、大丈夫だと言っても納得せず、不要に医師をめぐり、診察と検査を繰り返す医療費を無駄にする困った患者。精神科にまわずべき患者。」と言った意味合い、あるいは「こんな患者に気をつけろ!」と言った医師同士の教育現場での意味合いで医師側が使うことが多いのではないでしょうか?

少なくとも、医師や患者がポジティブな意味合いで「ドクターショッピング」という言葉を使うことは私は今まで遭遇したことがありません。

世間でも「ドクターショッピング」という言葉が「無駄な医師めぐりをする人」といった、悪い意味で使われることはあっても、「患者が自分の症状の原因を見つけるためにすべき前向きな行為」としていい意味に使われることは、まずないでしょう。

私は、脳脊髄液減少症と診断されるまでに、いろいろなタイプの医師に出会いました。
べつに、好きで「ドクターショッピング」をしていたわけではないのです。

医師が正しく私の症状の原因を見つけて治していただけなかったから、結果的に医師を探してそうなっただけです。

つまり、患者の「ドクターショッピング」の原因は医師の側にあって、患者の私にあったわけではないのです。それなのに、何も脳脊髄液減少症の知識がない医師からの視点だけから見たら、たしかに困った患者にしか見えなかったでしょう。

苦しい症状を抱え何年も耐えながら、時間とお金と体力を使って、誰もそんなに医師をめぐりたい人なんていません。誰だって症状が何もなく調子がいいなら、そんな無駄な時間もお金も体力も使ってまで好きで医師めぐりなんてしたくありません。
つらい症状があるけれど、原因がわからないから、納得がいかず医師をめぐるのです。

私は、自分の経験から、「ドクターショッピング」した自分の行動は正しかったと思っています。
もし、ドクターショッピングしていなかったら、今も脳脊髄液減少症という原因に気づくこともできず、回復することもなかったかもしれません。

自分の体、自分の人生には、誰も責任を取ってくれません。
自分の体、自分の人生は、他人には決定権はないのです。最終的には自分が決めていくのです。

だったら、ポジティブな意味あいでの「ドクターショッピング」の言葉の使い方があっても、私はいいと思うのです。
ドクターショッピングという言葉が、医師の側からだけの、ネガティブな意味あいで使われるだけでなく、患者側の視点から、もっとポジティブな意味合いで使われてもいいように、私には感じます。

人を表すことにつながる「状態」や「病名」にかかわる言葉は、より当事者の視点で、当事者の実態に近い言葉にしていただきたいと思います。

その言葉で指し示される人たちが、誤解されたり、傷つくことがない、優しい思いやりある言葉であってほしいと、私は思います。

脳脊髄液減少症という言葉について

ちょっと話は変わりますが、

私は自分の状態を一番適切に表している言葉は「脳脊髄液減少症」だと思っています。

この言葉は、私の今までの症状のすべてを統括するからです。

しかし、現在、地元の医師に「低髄液圧症候群」と言われることはあってもその医師は絶対に「脳脊髄液減少症」の言葉を口にしません。その事だけでも私は非常に傷ついています。

確かに私は「脳脊髄液漏出症」が原因で「脳脊髄液減少症」となりその症状の結果として「低髄液圧症候群」でもあったけれど、私のすべてをひとことで言い表せる言葉は「脳脊髄液減少症」だと思っています。

いくら当事者がそう思っていても、医師はそうは思わないようです。

古くから医学界で認められてきた「低髄液圧症候群」の言葉しか口にしない地元医師に出会うと、「ああこの医師は、古くから認められてきた既存の病態の存在は認めても、まだ研究途上の脳脊髄液減少症の病態の存在は認めていないんだな、あるいはこの大病院の中では口にすることも許されないのかな?」と思ってしまいまだまだ脳脊髄液減少症の実態が、地方の医師の隅々にまで行き届いていないことを肌で感じてとても悲しくなるのです。

病名を決める際も、より当事者の実態に沿った言葉が選ばれるようになってほしいと思います。

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自己紹介

lily

健康オタクの脳脊髄液減少症のサバイバーです。「原因不明」「異常なし」「精神的なもの」とされたり、何かすでに別の病名がついている人たちの中に、脳脊髄液減少症が隠れている可能性について、広く社会に伝えたいと思っています。

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