リカ場 ~私の脳脊髄液減少症のリカバリー~

医師も知らない脳脊髄液減少症当事者の思いと現実

地元に医師が見つからない

time 2017/11/24

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身近に医師が見つからない

地元で家からすぐ近くで、脳脊髄液減少症のことで何でも相談できる家庭医がいまだに見つかりません。
これは、何も私だけの問題ではないでしょう。

日本全国で似たような問題点を感じている人は大勢いることでしょう。

いくら家から近所の個人クリニックとはいえ、いつも混んでいるところは、受付から診察まで2時間近く待たされたりそこから点滴2時間してくれても、そこからまた会計まで待たされ続けるのでは、苦痛でしかなく、脳脊髄液減少症で具合いが悪い時には、とても行って帰ってくるだけの体力が持ちません。

たかが点滴でも、その有効性は医学的にまだ知られていないか認められていないようで、脳脊髄液減少症患者は、体験的に早めの速度で点滴すると症状が和らぐことがわかっていても、「速い速度で点滴することや点滴の種類」などを患者側から「今までの経験上として」医師に伝えることも、タブーらしく、うっかり患者側から医師に言えば、「患者側から医療を指図してくる困った患者」として医師の機嫌をそこねかねませんからうっかり言えません。

たとえ、脳脊髄液減少症患者が「脱水ぎみ」であることを認めて点滴してくださる個人クリニックがあっても、なぜか大きな病院で点滴するより、値段が高くなるのでは、症状がつらくても金銭的に個人クリニックを避けてしまいます。
第一、いくら個人クリニックで点滴だけをしてくださっていても、いざ、悪化したような時に、地元で検査して、髄液漏れがあるのかないのか判断してもらえたり、その意見を、脳脊髄液減少症の専門医に伝えようとして連携してくれたりと、そこまでしてくださる家庭医はまず見つかりません。

同じ点滴でも会計時に、個人クリニックのお値段の高さに驚いたことがあります。
総合病院などでしてもらった方がなぜかお値段が安いと、総合病院など大きな病院の方が、「営利的」でないと感じたりして、ますます個人クリニックから足が遠ざかります。

ただでさえ、脳脊髄液減少症の治療費が自費の時代から医療費がかかっている患者の気持ちなんて、たかが点滴1本の、病院での値段の差なんて、普通医師は想像もしないでしょう。

ただ、近くで診てもらえればどこでもいいでしょう?ってもんでもないのです。
医師との相性もありますし、そもそも脳脊髄液減少症を毛嫌いしたり、患者を門前払いしたり、かかわるのを避けたりしている医師もいますから、本当に何でも相談できる頼れる医師を探すのは大変なんです。

早い、安い、うまい!店のように、そんな病院と医師が身近にいてくれたらどんなにいいかと思います。

たとえば、いつ飛び込んでも誰かしか医師がいて、いつ具合いが悪くなっても脳脊髄液減少症に詳しい誰かしかの医師がいて、お昼を挟もうが、汝だろうが、営業時間内だったら症状悪化時に点滴でも痛み止めでもなにかしら苦痛を軽減する対応してもらえ、そのお値段が会計でべらぼうに高いわけではなく、休日だって、いざと言う時は救急で受け付けてもらえる体制といったら、正直個人クリニックでは無理でしょう。

脳脊髄液減少症は、気圧や気温の激変、生理周期などで体調が非常に悪化することがあり、その症状は耐え難く、もしかしたらこれは命に係わるのではないかと思うほどの痛みや苦しみ呼吸困難、激痛であることもあり、患者は本気で「救急車」を呼んでほしい、と思うほどの苦しみに追い詰められます。
しかし、けっして「救急車」は呼べません。(耐え切れず救急車を呼んでしまう人が、脳脊髄液減少症患者の中にはいると思いますが)(というより、困った人たちとして、「救急車の頻回利用者」の中に、実は脳脊髄液漏れの患者が潜んでいると私は思っています。)
救急車を呼んではいけない理由としては、救急車を呼んだとしてもその地域に脳脊髄液減少症に詳しい医師、専門に診ている医師がいなければ、どうにもならないからです。

症状が苦しくて、助けてもらいたくて、救急車を呼んで、来てくれて、どこかの病院に運ばれたとしても、脳脊髄液減少症の患者の症状の重さや耐え難さ、激痛、苦しさを全く理解していない医師しかいないいとしたら、結局、検査をしても「異常なし」で、家に帰されて終わりです。
第一、脳脊髄液減少症患者は、症状の訴えのわりには見た目「大丈夫そう」に見えるし、普通の検査をしても、異常がでないことが多いから、「演技か、大げさな表現の人か、心の病での身体症状が原因で、不安で救急車をすぐ呼んでしまう・救急車の頻回利用者問題の患者」だと誤解されかねないと思うのです。

身近に、脳脊髄液減少症の専門医がいないということは、誰にでもいつでも起こる怪我なのに、診てくれる医師がその地域に一人もいないということと同じことです。

事故で両足を骨折しました。しかし、この地域では治療はできる医師がいません。数百キロ先の病院の専門医まで自力で行ってください。と言われたらどうします?
そんなことって「異常」でしょう?

しかも、たとえば、地元で、なんとか診てあげてもいいけれど、足の骨折の傷の最低限の治療はするけれど、即日、自力で家に帰ってください。そしてまた明日、自力で通院して点滴を受けてください。自分でこれなければ、タクシーでもなんでも利用して受診してください。明後日も自力で受診してきてください。
自宅からバス停まで歩いて、そこからバスに乗って駅まで行って、動かない手で切符を買って、歩けない足で駅の階段を上り下りして、駅でまた乗り換えて、やっと目的の駅についたら、そこからまた バス停まで歩いて、そこからバス乗って、やっと病院ついても、そこから、また受付して、保険証を出して。と延々と続く患者にとっての高いハードル。
そのハードルを次々とひとつひとつ乗り越えてやっと、医師にたどり着けるなんて、本当に過酷だと思いませんか?

自家用車にしたって、連れてきてくれる家族もいなかったらどうします?
絶体絶命ですよ…本当に。

どんなに症状が重くて歩けなくても、座っていられなくても、具合いが悪くても、自力で歩いて病院に来れなくても、けっして「入院で回復するまでしっかりと治してもらえる。」ってとこまで診てもらえないのが脳脊髄液減少症だと思うんですがこれって、過酷だと思いませんか?

病院受診って、誰でもできそうに思えるけど、実は、病院に行けるだけの体力と、知恵と、気力と、家族の協力と、経済力と、いろいろな条件がそろった人しか病院にはいないんですよ。

今問題の「無戸籍」の人が、もし、交通事故の被害者になって、脳脊髄液減少症になったらどうなるのだろう?って私は考えます。

だって、恵まれている方の私でさえ「普通の病気やケガと比べて、医師にたどりつくのも、検査や治療にだとりつくのも、再発時にまた検査してもらうのも、あまりにもハードルが高すぎて、過酷だな~」とくじけそうになるのですから。

これが、どんなに恐ろしいことかは、体験した患者でないとわからないでしょう。

いつでも、どこでも、だれでも、苦痛の症状があって、日常生活が困難なほどになったら、検査結果が異常ありとか異常なしとかよりも、「患者の症状が楽になったか、ならないか」を主体に考えて、患者を一人でも多く楽にすることを医師は第一に考えて動いてほしいです。

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自己紹介

lily

脳脊髄液減少症のサバイバーです。私が生きているうちに「原因不明」「異常なし」「精神的なもの」とされたり、何かすでに別の病名がついている人たちの中に、脳脊髄液減少症が隠れている可能性について、広く社会に伝えたいと思っています。

「脳脊髄液減少症を知っていますか」

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