リカ場 ~私の脳脊髄液減少症のリカバリー~

原因不明の症状に潜む脳脊髄液減少症の早期発見と回復、症状理解による患者に優しい社会の実現のために、私ができること

昨日、
約30年ぶりの懐かしい思い出の場所を
家族とともに歩きました。

昨日は、暑くて、ムシムシして、
低気圧のせいなのか、
湿度のせいか、
両脚のひざから下にそれぞれ3キロぐらいのおもりをつけられているようで
足が重くて、体が重くて、歩くのが大変でした。

脳が命令している動きが、足に伝わりにくい感じで、

明らかに、
昨年の悪化前の体の軽さとは違いました。

駅の階段は、
足が重くて、疲れて、
一度途中で立ち止まるほどでした。

あんなに何時間も歩けるまでに回復していたのに、
あんなに楽しく踏み台昇降運動を45分間もできていたのに、

どうして、昨年夏、症状が劇悪化して、
逆戻りしてしまったのか?と考えると

髄液漏れが再発しているのか、
それとも、髄液圧が低いだけなのか、
と、もんもんと考えます。

しかし、
こんなこともあるさ、と思いながら、
重い体と足を
ぐんぐんと前に出し歩き続けました。

まだ髄液漏れがあるのかもしれないと思っても、
そう簡単には検査すら受けられません。

わけは脳脊髄液減少症を診る医師が少なすぎるからです。

ここまで回復しているのなら、
現状維持しかないのでしょうか?

とにかく、
足が重くて重くて、しかたがなかったけれど、
30年ぶりに見た風景は懐かしかった。

それでも、まがりなりにも、杖なしで
こうして
歩いてこれるまでになったのは、

寝たきり状態の時期でも、
必死で立ち上がり、
家事をしつづけ、

もう少し回復してからは、
歩くこと、運動すること、筋トレに取り組みはじめて、
何年か続けてこれたからでしょう。

近所の花見すら、
車椅子で連れていってもらったこともある私。

半身の脱力のひどさと、目と足の感覚がおかしく位置をうまく把握できず、ころびそうで
杖をついて、必死に歩いた私。

あの時、
脳脊髄液減少症とわかってからも、
できる範囲で家の中で立ち、
歩き、

少しずつ、自宅や自分一人でできることを増やし、
負荷を強くし、

少しずつ行動範囲を広げ、

やがて、健常者の中に交じって運動するということもはじめ、

寝たきり状態の自分からでは信じられないところまで
たどりつきました。

しかし、その後も悪化が繰り返し起こり、
治療しては、また自分なりに体を動かし続けました。

それがいいのか悪いのか、
すべて自己責任で。

でも、今しみじみ思います。

動かなければ動けなくなるし、
あるかなれば、歩けなくなると。

苦しくても、
つらくても

できる範囲で、動き続け、立ち続け、
手も足も使い続けていたから、
筋力が保てていたのだと
今思います。

今も昨年の悪化以来の症状は残りますが、
本日から、

体に水圧をかけることも始めました。

また、
ご報告します。

ここに至るまでのことは、
とても一度には語り切れませんが、

あらためて、
脳脊髄液漏出期間が長い人、
脳脊髄液漏出個所が多い人、

つまり私なんですが、

そんな人でも、
「脳脊髄液減少症は回復するよ。」
「ただし、医師まかせだけじゃ無理ですよ。」と
伝えたいです。

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自己紹介

lily

健康オタクの脳脊髄液減少症のサバイバーです。「原因不明」「異常なし」「精神的なもの」とされたり、何かすでに別の病名がついている人たちの中に、脳脊髄液減少症が隠れている可能性について、広く社会に伝えたいと思っています。

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