リカ場 ~私の脳脊髄液減少症のリカバリー~

原因不明の症状に潜む脳脊髄液減少症の早期発見と回復、症状理解による患者に優しい社会の実現のために、私ができること

脳脊髄液減少症は、自分で治す意思を持つ

time 2016/09/04

脳脊髄液減少症は、自分で治す意思を持つ

脳脊髄液減少症の闘病の心がけとして、

「自分で治す意思を持つことの大切さ」を私は痛感しています。

脳脊髄液減少症に関しては、
一部の周囲の家族や医師に恵まれた患者を除いては、

周囲の無理解の中、近くに頼れる医師もなく、
孤独で厳しい闘病の日々だとは想像します。

けれど、
どんなに周囲の環境に恵まれた患者であっても、
慢性化した患者であれば

すべて、医師まかせ、
家族任せの他人まかせでは、

回復はかなり困難であると思います。

治療しても治らないからといって、
主治医を批判するのは、お門違いだと私は思います。

治らなくさせたのは、
早期発見早期治療が遅れたからであり、

脳脊髄液減少症の治療に協力してくれる医師が
身近にいないせいであって、
主治医のせいでも、
ブラッドパッチ治療のせいでもありません。

治らない時、
まず恨むべきは、
社会や医療界の無理解と無支援であるべきです。

特に、
こどもの患者さんを抱えたお母さん方、親御さん方の、
脳脊髄液減少症に取り組む医師への、
心無い非難は、

ますます、多くの医師を、
脳脊髄液減少症の治療から遠のかせることにつながりかねないと、
私は心配しています。

数少ない、脳脊髄液減少症の治療医に患者が殺到している現状の中で、

たとえ、症状が慢性化して治療をしてもなかなか治らないとしても、(私もそうです。)
私は主治医を恨んだりしません。

私がなかなか治らないのは、
早期発見と早期治療が遅れたからであり、
誤診と見逃しが原因で、こじらせたからだと思っています。

どこの世界に、誤診と見逃しで症状をこじらせた患者を、
引き受けて治そうとしてもなかなか治せない医師を、
責める患者がいるでしょうか?

冷静に考えれば、
治らないことの怒りをぶつける矛先が、主治医ではなく、
無理解な社会や医療界にあるということに、
気づけそうなものです。

治らないことの怒りをぶつける矛先は、
むしろ、
脳脊髄液減少症に無理解で、無関心な医師の方だと思います。

地元の医師が、主治医と連携してこまめにフォローしてくれないのも原因のひとつであり、
リハビリ体制も、
地元での家庭医が訪問診察してくれることも、
ブラッドパッチ後、地元病院で安静と点滴の入院生活で、患者を支えてくれることも、
ペルパ―が家事を代行してくれることも、
何もかも、支援体制がないことも、
私の回復を遅らせてきたと感じています。

本当に孤独で悲しく、
症状+社会の無支援無理解が原因で、
自ら死を選ぶ患者がいたとしても、

私は少しもおかしくないと思っています。

それぐらい、精神的にも肉体的にも過酷なものです。

そんな患者を見捨てず、次の予約を入れ続け、診察し続けてくれるだけでも、
ありがたいことだと、私は思うのです。

地元の大病院でさえ、ダメでもともとで受診してみましたが、
地元で支えてくれそうにありませんでした。

脳脊髄液減少症の多彩な症状を訴える患者の私は、
その症状の原因が、
既成の病名に当てはまらいとわかると、もはや医師にも
相手にされず、
数か月に一度の予約も、ついに途絶えてしまい、
次の予約も入れてもらえなくなりましたから。

私の住む地域のすべての医療機関には、脳脊髄液減少症の専門医と呼べるような人は
ゼロだと思っています。

地元の医療機関にはこれからも相手にされず、すがれないし、
もう見捨てられたと思っています。

八方ふさがりの中では、唯一、見捨てず診てくれている主治医の診察や治療を受けつつ、

あとは、無理解な社会や、
地元の複数の脳脊髄液減少症に批判的な無理解なドクターによって繰り返される
患者いじめともいえるハラスメントに負けない心と、

他人まかせではなく、
自分で治す意思を持ち、自分で情報を集め、自分で考え、自分で自分の体にいいと思うことを
実行していく、行動力も
私は大切だと思っています。

それは、たとえば、
家にひきこもり状態だとしても、
自分でできることは、なるべく自分でする。

外出できるなら、
体調がいい時は、外に出て歩いてみる。

学校の連絡や、職場の連絡を、家族まかせ、親まかせにするのではなく、
自分で行う。

病院の予約は自分で入れる。

わからないことがあったら、自分で医師の受診の際に聞いてみる。

たとえ、高次脳機能障害や、うつの症状があって、それらが困難だとしても、
できることは
なるべく自分でやる意識を持つ。

病院での問診票は親や家族に書いてもらうのではなく、字が乱れても、手に力が入らなくても、
自分で自分の言葉で書く意識を持つ。

医師に症状を訴える時も、家族に代弁してもらったり、親に代弁してもらうのではなく、
なるべく自分が自分の言葉で症状を医師に伝えたり、治療の希望を医師に相談したり、
すべて自分が主体で行う意識を持つことです。

気持ちが悪くても、何も食べないまま、
だるいからといって、ずっと寝たままでいてはだめです。

そんなことを続けていれば、筋力は低下し、ますます動けなくなり、悪循環にはまります。
一度悪循環にはまると、
そこから抜け出すことが、
さらに大変になり、エネルギーを要します。

最低限でもいいから、
自分の回復のために、
できることは、自分でやることです。

体にいいはずがないことを、続けないこと、
自分で食べる意識、
自分で水分を摂る意識、
自分で起きて行動する意識、
自分の世話はなるべく自分でする意識、
自分の体は自分で治すんだという気持ちを持つと持たないのとでは

回復に対する影響は変わってくると思うのです。
自分で治す意識を、常に持ち続けることです。

それは医師に行くなということではありません。
信頼できる医師を受診しつつも、

「医師が治してくれるはずだ。」
「家族が私に代わってなにもかも代わりにやってくれるはずだ。」といった、
他人任せではない、

自分のための、
自分による、
自分だけの前向きな攻める闘病を、
自分ですることです。

すべてを家族や医師に頼り切るのではなく、

結局最後は、
自分の意思で自分を動かし、
自分の体は、
自分が食べたものや自分が自己決定して取り入れた治療法や、運動など、
自分の行動で治していくものなんだという意識を持つということです。

少なくとも、
私はそう考えてここまできましたから、

治らないことを、主治医のせいにはしません。

自分が完全には元の体に戻らないのは、
自分の治癒力がそれまでなのだと思うし、
現在の医療の限界なのだと思うので、

主治医に対して、怒りなど、
湧くはずがありません。

たとえ、
医師を変えるだけで簡単に治るなら、私はとっくにそうしていますし、
とっくに治っていることでしょう。

医師を変えようにも、その医師がいないのが
脳脊髄液減少症の厳しい現状です。

治らないからといって、
主治医や治療法に不信感を持ち、怒りをぶつける患者さんや家族に言いたいです。

怒りをぶつける矛先を、
間違わないでください。と。

あなたが怒りをぶつける矛先は、
脳脊髄液減少症に
無理解な社会と、無関心な医療界、

それに、
もしかしたら、
医師任せ、家族まかせで、
自分の回復をすべて他人まかせの、あなた自身かもしれません。

18歳が成人となって選挙権も持てるようになった現在、
18歳以上の患者が回復するために、経済的には親に頼っても、

回復への道を選ぶのも、
現状維持を選ぶのも、
病院を選ぶのも、
その情報を集め、考えるのも、
親でも、家族でもなく、あなた自身です。

治療法の主導権を持つのも、
医師ではなく、
あなた自身です。

医師は、あなたの回復を助ける存在にすぎません。

回復への主人公はあなたです。

他人や親が何とかしてくれるだろうと、
思っているうちは、
回復は難しいでしょう。

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自己紹介

lily

健康オタクの脳脊髄液減少症のサバイバーです。「原因不明」「異常なし」「精神的なもの」とされたり、何かすでに別の病名がついている人たちの中に、脳脊髄液減少症が隠れている可能性について、広く社会に伝えたいと思っています。

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