リカ場 ~私の脳脊髄液減少症のリカバリー~

医師も知らない脳脊髄液減少症当事者の思いと現実

“幸せな筋肉痛”の朝

time 2018/11/28

“幸せな筋肉痛”の朝

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おはようございます

(最近ここのトップページに新しい記事を書き加えました。)

さて、

昨日は気圧の低下で半身が痛かった。つらかった。

しかたないよね、気圧の低下は止められないもの。

今朝は両腕の付け根というか胸が痛いです。

でも、症状で体が痛いんではないんです。

筋肉痛。

そう、NHKで深夜に再放送された、「みんなで筋肉体操」の録画を診ながら、腕立て伏せを、膝つきのバージョンでやったから。

この一年でそうとう体がなまってしまったので、10月から足に重りをつけて家の中で筋トレしたり、いろいろやってきました。

昨日は久しぶりに腕立て伏せをやりました。

今もいろいろと症状はあるものの、再発もしたものの、信じられます?腕立て伏せができるってこと。

だって、私、ブラッドパッチ治療前は、コップを持ってお茶を飲むのさえ、箸やスプーンをもって食べるのさえ、洗濯ものでパンツ一枚干すのさえ、腕が重く感じて疲れて横になっていた人ですよ。

とにかくだるくてつらくて、立っていられない、座っていられなかった人ですよ。

その人が、膝つきバージョンとはいえ、腕立て伏せできるようになったんですよ。

信じられます?

幸せな痛みですよ、普通の筋トレで生じた筋肉痛は。

まだ、髄液漏れてる感じはします。

すべての漏れを完全に止めることは、今の医学ではできないかもしれない。

画像診断的にも、現状の医学の水準では映らないものは映らないし、見えないものは見えないから。

医師の技量にも、読影力にも、限界があるから。

それでも、自分でできることはやっていますよ。

もちろん、自己責任で。

朝思ったこと

たとえば、家の外で、怪我した人が、もう怪我するのが怖いからと外にひきこもらないでしょう?

たとえば、転んで骨折した人が、もう怖いからと外にはでない?歩かない?

そんなことはないでしょう?

日常生活に必要な、買い物とか、散歩ぐらいするでしょう?

あまりにも再発を怖がっていたら、何もできないよ。

激しい激突とか、激しい転倒とかを伴うスポーツをやるのはどうかと思うけど、それ以外の普通の動きや日常生活をやったぐらいで髄液漏れが再発するなら、それはもともと、治療が完全でないってことだと私は思っています。

ただ、再発した時、地元に早期に「髄液漏れ」だと早期発見早期治療できない医師がいない地域の患者は、やはり再発が怖いですよね。

だって、普通の怪我なら、地元でなんとかすぐ対応してもらえるけれど、脳脊髄液漏れだと、目に見えないし、検査方法も診断法もわからない医師たちばかりでは、すぐ助けてもらえず、家に帰されて放置されるだけですから。

そりゃ~怖いですよ。

でもね、私は、自分の人生が、何もできないで、髄液漏れの再発にビクビクして、安静に、安静に、ってどこにもでかけず、したいこともせず、じっとして人生を終わるのが嫌なんです。

人の人生は、誰しも、さまざまな試練や課題が与えられ続けるもの。

その試練や課題を、周りの親や家族が次々と本人になりかわって解決しようとしてもらえる人より、自分で課題解決しようとしてもがく人の方が、人として成長できる気がします。

自分の人生は自分で切り開くもの。

医師まかせになんてしない。

自分の体は自分のもの、自分で決めるし、自分で回復への道をさぐりたい。

どんな専門医でも、私の体の専門ではないでしょう?

私の体の専門家は私です。

私の体のことは自分で考え、自分で決める。

今日は、腕立て伏せだけでなく、何か他の筋トレもやってみようかな?

NHK「みんなで筋肉体操」はyoutubeでも見られるけど、やはりテレビの録画の方が大きな画面だから、やる気はでますね。

今8時13分

ここまでにやったこと。

・5時半に起きる

・歯を磨く。

・着替える。

・寝室の窓を開けて空気を入れ替える。

・家族の朝食と弁当をつくりに取り掛かる。

・油揚げと小松菜の味噌汁をつくる。

・ピザをレンジで温める。

・お茶を飲む。

・牛乳にラテベースを入れてカフェオレをつくる。

・牛肉の薄切りを焼きながら、自分も食べる。(いつも私の朝食は立ち食いのつまみ食い)

・だし巻き卵をつくる。

・弁当をつくる。飲み物、もセットして準備する。

・作ったおでんをあたためる。

・昨夜作った、豚肉ともやしと人参とピーマンの炒め物をレンジであたためる。

・洗濯物を干す

・とんかつをつくる。(豚肉のヒレの生を切って、塩コショウして、小麦粉つけて溶き卵をつけてパン粉をつけて揚げる。)

・ついでにマイタケの天ぷらを揚げる。

ここまでをやり、家族を送り出しました。

・そして、このブログを書く。

症状がつらい時は、なんで、脳脊髄液減少症の私が、健常者の食事や世話をしなければならないのか?と悲しくなりました。

家族に大事に、食事の世話や入院準備の世話、なにからなにまでしてもらっている同病患者さんたちが、本当にうらやましく思いました。

けれど、つらかったけれど、手に力が入りにくくても、ペットボトルが開けにくいほどの手でも、卵を落としても、牛乳を冷蔵庫から出すのも重いと感じた時期も、

ずっとがんばって、家事をやりつづけました。

タオル一枚を干すのも、バーベルのように感じた時もありました。

でも、今思えば、体を使い続けたのがよかったのかもしれません。

髄液漏れてても、脳と体を使い続けたわけですから。最低限の筋力と、それを動かしたり判断したりする脳の回路はさび付かずに済んだのかもしれません。

皿洗いってね、食洗器を使う人も多いだろうけど、右手と左手の協調運動のトレーニングにも手先の運動にもなると思うんですよ。

だって、私、立っているのもつらかった時代、よく食器を落として割っていたけれど、今はそれがありませんもの。

そう、1分も立っているのもつらかった時代がありました。それでも、食器洗い続けていましたよ。

手が動かなくても、立っているのがつらくても、絶対、やめなかった。というより、やらざるをえなか

だって、誰も助けてくれなかったから。

当時はつらかったけど、今思うと、あれがよかったのかな。

だから、今、こんな短時間にいろいろできるようになったのかな?

朝起きて、これだけの仕事を短時間に手際よくできるようになったって、書き出してみると自分でもすごいな、と思います。

家事は脳トレにピッタリですね。冷蔵庫にあるもので料理を考えたりするから。

さあ、これから、大量の皿洗いをしますよ。洗濯物ももう一山干しますよ。

それがおわったら、自分へのご褒美にホットカフェオレでも作って一休みします。

自分の信念で、ここまでたどりついて、自分の信念で、自分でリハビリし続けて、再発しても再発しても、それを医師に何度見逃されても、見逃されても、かじりついて戦って、回復を勝ち取って、そして今がある。

根性ですよ。

根性論では語れない病もあると言われているけれど、根性は必要だと思いますよ、患者にも。

患者本人に、自分で困難を解決しようとする根性、自分で自分を救いだそうとする根性がないと、みんな他人まかせにしてしまうから。

脳脊髄液減少症の痛みではない、腕立て伏せができたことによる筋肉痛って、“幸せな痛み”だとしみじみ感じた朝でした。

では、また!

 

 

 

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自己紹介

lily

脳脊髄液減少症のサバイバーです。私が生きているうちに「原因不明」「異常なし」「精神的なもの」とされたり、何かすでに別の病名がついている人たちの中に、脳脊髄液減少症が隠れている可能性について、広く社会に伝えたいと思っています。

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