リカ場 ~私の脳脊髄液減少症のリカバリー~

原因不明の症状に潜む脳脊髄液減少症の早期発見と回復、症状理解による患者に優しい社会の実現のために、私ができること

西原理恵子さんの本

time 2017/07/22

西原理恵子さんの、「女の子が生きていくときに覚えていてほしいこと」を読んでみたいと今思っています。

朝日新聞デジタルの、7月11日の「女の子、幸せの人任せはダメ 西原理恵子さん自著に思い」の記事を読んで、そこに

「絶対に人生のかじ取りを人にまかせないこと」の言葉があったからです。

常々、私は、患者も、自分の回復という“人生のかじ取り”を絶対に人任せにしない、というポリシーで生きてきたので読んでみたいと思いました。

患者は医師が治すものだと思っている人もいるようですが、私は診断治療に至る前の、最初の段階で、その医師を選ぶのも自分だと思うのです。

その医師を受診しようと決めるのも最終的には自分、実際に受診という行動を起こすのも自分、検査を受けるか受けないか決めるのも自分、その医師のその診断を受け入れるのか受け入れないのか決めるのも最終的には自分だし、、他の医師の意見を聞くか聞かないか決めるのも、行動を起こすのも自分だと思うのです。

検査を受け続けるか、治療を受け続けるか、どんな治療を受けるか、決めるのも最終的には自分だから、それを人任せにはできないし、人まかせにしてはいけないと私も思っているから、この西原さんの言葉はストンと心に落ちました。

たしかに20歳ぐらいまでは親が守ってくれるかもしれないけれど、今はもう18歳から選挙権がある時代です。
18歳から先は、自分で自分の人生のかじ取りをしていかなきゃいけないんじゃないか、と私は思うのです。

自分を幸せにするにも不幸にするにも自分次第だし、危機回避能力を発揮するのもできないのも最終的には自分だと私もそう思います。

闘病だって、自分の人生の一部だと思います。幸せにむかってかじ取るのも、不幸にむかってかじ取るのも自分次第だと私は思います。

脳脊髄液減少症でも、たとえ10代の患者でも、18歳を過ぎて、通院時、親に問診表書いてもらったり、受診時、医師に、親に症状を代弁してもらったりしていては、自分で人生のかじ取りをしているとは言えないと思うのです。
患者といえども、「自分で治すためのことは自分で決める」「自分で医師に自分の状況も症状も意見も伝える。」という意識がなければ、人任せの人生と同じだと思うのです。

私は、闘病も含めて、自分の人生のかじ取りは、自分でやるべきだと思っています。


ただ、西原さんのように、自分で稼げない私は、生活を家族に頼っており、人生のかじ取りを経済的には自分でしていないと思い、読んだらなんだか責められているようにつらくなるような気がして、読むかどうか迷っています。

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自己紹介

lily

健康オタクの脳脊髄液減少症のサバイバーです。「原因不明」「異常なし」「精神的なもの」とされたり、何かすでに別の病名がついている人たちの中に、脳脊髄液減少症が隠れている可能性について、広く社会に伝えたいと思っています。

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